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古くより「日に寸、五日に寸、十日に寸」と伝えられる爪掻本つづれ織の主な特徴をご覧ください。
(専門用語の説明は「織屋ことば」のページに載せています。) |
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綴織は古代からエジプト・中国・フランスなど世界各地で織られており、最も古い歴史を持つのは紀元前1580年頃エジプトで織られたコプト織があります。日本においては仏教の伝来とともに伝わったとされ、それらの遺品は法隆寺や正倉院の裂に見ることができます。当時の綴織は宗教の教えを織り描いたもので現存する最古の綴織は奈良の當麻寺(たいまでら)が所蔵している国宝「當麻曼荼羅図」といわれています。當麻曼荼羅図は西暦763年に藤原豊成の女中将姫が蓮糸で観無量寿経の教えを織り描いたものと伝えられています。
やがて京都の仁和寺や本願寺などの僧坊によって綴織による装飾品などの小品が織り始められ、仁和寺においては門前にも広がり「御室綴」として呼ばれるようになりました。(仁和寺は仁和4年(西暦888年)に宇多天皇が創建して以降明治維新までの約1千年は皇子皇孫が門跡となり御室御所と呼ばれていました。)その後も伝統は継承され続け江戸時代中期以降になって西陣において帯の製織が盛んになりました。
西陣織は昭和51年2月26日伝統的工芸品に指定されました。
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匠は常に指の爪先にヤスリをあてノコギリの刃のようにギザギザに刻んでおきます。その爪で配色糸を1本1本掻き寄せ、匠の技と感性により文様に表情と動きを与え命を吹き込み織り込んでいき筋立て(すいたて)という櫛で織り固めます。この爪で掻き寄せる技法が爪掻本つづれ織(つめがきほんつづれおり)の名称の所以です。(綴と称されるものには機械織りの綴も多くあり、爪掻きの綴は爪綴(つめつづれ)、本綴(ほんつづれ)と呼ばれ区別されています。)
このように一越一越を爪で織り描いていく爪掻本つづれ織は、古くより「日に寸、五日に寸、十日に寸」と伝えられるほど熟練の技と時間を要し、文様によっては1日にわずか1pしか織り進めないこともあります。そのため生産数も少なく希少価値の高い織物です。
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綴織は織物の三原組織(平織・綾織・朱子織)のうち平織の変化組織です。経糸(たていと)より太い緯糸(ぬきいと)で経糸(たていと)を包み込むように織り込むので表裏ともに経糸(たていと)は現れず緯糸(ぬきいと)だけで表現されます。そのように織り上げるためには、「杼」(ひ)を斜めに突き出し(つきだし)て緯糸(ぬきいと)にゆとりを持たせて越し、筬(おさ)を装着した框(かまち)で打ち込みます。すると緯糸(ぬきいと)はうねりを作り経糸(たていと)を包み込んでいきます。
その織の特徴から帯地は厚手で経糸が帯芯の役目をするので仕立てるときに帯芯は不要で、締め緩みの無い帯が織り上がります。また、普通の織物の2倍の緯糸が打ち込まれているため大変丈夫な上、表裏とも同じ文様が織り出されるため表裏両面をご使用になれるので家宝として母から娘へ娘から孫へと受け継いでいただけます。 |
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| 爪掻本つづれ織の文様の織り方には把釣織(はつりおり)と暈し織(ぼかしおり)があります。把釣織は文様を織り込む配色糸が色と色の境でそれぞれ織り返されて経糸(たていと)に沿って細い隙間をつくります。この細い隙間を把釣孔(把釣目)(はつりめ)といい他の織物には生じない爪掻本つづれ織だけの特徴です。どの部分にどの色をどのように織り込むかは匠の技と美的感覚に頼り、経糸の下に差し込まれた絵(下絵)を見ながら、表情や動きを与え文様に命を吹き込みます。 |
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把釣織(はつりおり)では文様を織り込む配色糸が色と色の境でそれぞれ織り返されて経糸(たていと)に沿って細い隙間をつくります。この細い隙間を把釣孔(把釣目)(はつりめ)といい他の織物には生じない爪掻本つづれ織だけの特徴です。
*主に輪郭をはっきりと表現する時に用いる技法です。
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暈し織(ぼかしおり)では文様を織り込むときに配色糸を色と色の境で左右順次に織り込んで暈します。暈し織に用いる配色糸の多くは暈しの効果を増すために杢糸(もくいと)を用います。
杢糸(もくいと)は1本の配色糸の撚りを戻して半分に割り、同じように割った別の配色糸と撚り合わせて、新たに1本の配色糸を作ります。それは単色では表現できない色を創り出し、文様の持つ魅力をより引き出すことができます。
*把釣織(はつりおり)とは反対に主に輪郭を暈す時など色の濃淡を表現する時に用いる技法です。 |
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